タイは若いうちに行け!痛感物語  ~第5章

時は流れ2002年7月。。

家族帯同のバンコク生活も1年が経過した。

俺は相変わらず良いお父さんを演じている。

日曜日はしっかり家族サービス。

平日の朝は子供を保育園に行くためのミニバスに乗せ
きちんと笑顔で見送ってから仕事に向かう。

強制引っ越しを食らってからは他の駐在メンバーと
アパートが結構離れてしまったために
通勤に使用している乗り合いワゴンには乗らず
社用車を自分で運転して皆とは別に通勤していた。

そして最近の俺にとって ’’夜遊び’’ と呼べる行動は
会社の飲み会や仕事上の顧客と食事に行くとき
その2次会の場をカラオケクラブと設定して
2時間程度をワイワイ騒ぐのみとなっていた。

帰宅は絶対にテッペン(0時)を越えないよう調整。


ペイバァ?って何だ?

それ、強ぇのか?(笑)


でも既婚者ならこれくらいの夜遊びが一般的だろう。。

むしろ飲みに出れるだけでも良いほうだと思うのだが
タイでの超濃密な駐在生活スタートダッシュをかまし
夜遊びを満喫、色恋を経験してしまった俺からすると
何もかもが物足りなく感じてしまい寂しい日々(涙)

しかも会社関連の食事会がそう頻繁にある訳でもなく
全く刺激のない日々を平々凡々と過ごしていた。


そんな中でもささやかな思い出はある。


タイ国内でアサヒ・スーパードライの現地生産が
少し前から始まっており、タイ在住日本人の間で
早く飲んでみたい!と常々話題に上がっていた。

これを会社メンバーでも楽しみにしていたのだが
ついに『らあめん亭』に入荷したと情報が入り
全員で会社帰りに意気揚々と出向く。

「シンハーやチャンに勝る味をタイ人に!」
「日本売り上げNo.1ビールをタイで飲める幸せ」
「どんどん生活が便利になるバンコク最高!」
と、張り切ってスーパードライを注文したのだが。。

先ず、登場した瓶が緑色なことに違和感を感じる。

「まぁ、容器は関係ないよね!味で勝負!」
「いかにも海外仕様って感じで良いよねぇ~」と
チョンゲーオをしたのだが、なんと味も違うし
いまひとつスッキリしない味に衝撃を受けた。

日本は ’’軟水’’ でタイは ’’硬水’’ だから、らしい。


他にも『味千ラーメン』がタイに進出した!なんて
『THE MALL』に食べに行ったり。。

『ルンピニ・ナイトマーケット』が凄いらしい!と
家族で遊びに行ってみたり。。 ※現在は閉業


こんな小さな刺激や話題をありがたいと思いながら
仕事と家庭の用事に追われる毎日。


そんな時のことだ。。

俺の勤めているタイ支社工場の生産負荷が高まり
緊急的に24時間体制で約2週間まわさないと
顧客への納品が間に合わない状態になってしまった。

ピリつく社内。

この不具合を乗り切らなければ会社の未来は無い。

コイツをドライな気持ちで対応する訳にはいかない。

そこで工場長の判断で ’’緊急夜勤体制’’ をとることに。

そして俺はその期間、夜勤タイ人スタッフ管理名目で
一緒に ’’夜勤(ナイトシフト)’’ に入ることになった。

今まではタイ人スタッフのみで深夜作業をしていたが
過去に同じ駐在員の「KTさん」が激励のために
早出をして午前4時頃に差し入れを持って行ったところ
なんとスタッフ全員が寝ていたと言う事件があり
今回その管理者として俺が選出されたと言う訳だ。


(こんな刺激が欲しいんじゃないんだけどなぁ。。)


なんて愚痴も出ながら「モッド」に ’’夜勤に入る’’ と
ウソを付いたことなんかを思い出し、それと同時に
「K美」の居なかった初期の単身赴任7ヶ月間や
友達の結婚式で一時帰国をしていた20日間が
毎日刺激的だった時のことを思い出す。


夜勤でも会社のクルマを自分で運転して通勤。

昼メンバーと19時に引継ぎが出来るように出勤し
そのまま朝4時までが勤務時間。

今までにも突発的な問題で2~3日の短期夜勤や
徹夜作業はあったが2週間連続は工場としても初。

夜勤時間中のタイ人スタッフはサボる者も多く
その管理の大変さ、自分自身も夜勤に慣れず
身体がダルいと思うときもあったけど
俺は気分転換とも言える小さな遊びを見つけ出した。

この通勤時間帯だからこその役得。


それは『サイアムホテル』の裏道を通って帰ることだ


え?裏道で近道することが役得?
今日もポチっと応援よろしくお願いします 
にほんブログ村 大人の生活ブログ タイナイトライフ情報(ノンアダルト)へ
にほんブログ村

ブログ「タイ若!痛感物語」を最初から読む 
1話1分程度で読めますので是非とも m(_ _)m
FullSizeRender
【第1話】 俺