前回の続き。。
2000年
バブル崩壊後の失われた10年間と揶揄されてたころ。
前回紹介した通り、俺の勤めている会社も
景気停滞の影響をモロに受け、売り上げが急降下。
社員間では「ついに会社が倒産するぞ」と噂が広がり
ここ1年半くらい常に変な空気が漂っている。
しかし遂にソレがウワサではなくなる日が来た。
意図的かどうかは分からないが全体朝礼で部長から
「銀行から次回の融資を受けられなくなった」と
ありえない発言が全社員に向けされたのだ。
若干ではあるが涙声の部長。
手に持つマイクが小刻みに震えているのが分かる。
ざわ・・ざわざわ・・ざわ・・・
俺を含めて戸惑う社員。。
しかし、考える間もなく行動が早い人も多い。
この発言から「将来性が無い」「踏ん切りがついた」と
会社を早々と去った従業員も多かった。
しばらくして、その穴抜けをフォローする追加業務が
「給料の割りに合わない」と退職した人も居た。
15人以上は退職しただろうか。。
俺は会社を辞めることは無かったが
従業員が減った後はシバリも増え、かなり苦労した。
まず給料の10%がカットされる
希望退職者の募集
そして1日の内で会社に居る時間が大幅UP
サービス残業、サービス休日出勤が当たり前、
会社が支払えない残業代は代休にしないといけないが
その代休を使用するタイミングが無い!
有給休暇?何それ?強いの?
正に ’’ブラック企業’’
当時この用語はまだ存在していなかったが
逆に存在していたすれば心底恥ずかしくなり
俺もこのタイミングで退職していたかもしれない。
この頃の会社の状態が歴代史上最高に最低で
最悪だったのは間違いないと思う。※ちなみに今も存続
それに負けずと夫婦関係も最悪状態(苦笑)
が、幸いにも?会社の方は助かった。
とある外資系の大きな企業に買収(M&A)され
会社は一命を取り留め倒産を免れたのだ。
全く聞いたことのない企業名だったが世界は広い。
その企業が新しく事業を始めたいと思った時に
俺の勤める会社の事業内容がマッチングしたらしい。
そう。。
こんな経営状態で利益こそ全く無いものの
下町根性で技術力だけは蓄積されており
買収元はこの部分に目をつけ、決定したようだ。
しかも倒産寸前の格安っ(笑)
そこで働く底辺サラリーマンの俺!
しかしこれで会社はしばらく安泰だろう。。
何とか私生活の方も挽回できないものだろうか(苦笑)
正社員の流出や大きな不満も一旦は収束し
人の足りなくなった部署は派遣社員で補い
会社は少しづつ安定を取り戻す。
そんなある日、親会社から役付きを通して
全社員に向けこんな通達があった。
’’タイに部品製造工場を作るため駐在員募集’’
このとき俺は27歳だった。
「 ’’駐在員’’ って、なんだ??」
なんとビックリ毎日更新
今日もポチっと応援よろしくお願いします
にほんブログ村
コメント
コメント一覧 (10)
○○の駐在所じゃあるまいしwww
俺
がしました
めちゃ惹き込まれます!続きが楽しみです。
俺
がしました
俺
がしました
ブログ拝見しております。
記事の内容からすれば私は俺様より4-5歳上、くらいでしょうか。
バブルとその崩壊が思い起こされます。
自分が働いていた会社はすでに当時すでにタイに進出済みでした。
(タイだけでなく他5,6か国)駐在員の話があれば飛びついていたでしょう。
結局タイを訪れるにはそれから約20年かかりました。
俺様の軌跡、今後も楽しみにしております。
俺
がしました
俺
がしました
コメント一覧